時間管理にこだわるのは、現役世代だけでない。「現役当時のビジネスダイアリーを購入し、年間・月間・毎日のスケジュールを管理」(とうきょう、75歳男性」、「手帳を手放したが不安で、携帯電話を活用」(兵庫、69歳男性)。
「仕事人間」と自嘲する回答もあったがやむにやまれぬ思いがのぞくコメントも。
「だらだら生活ではに認知症に早くなるのではと心配しています」(秋田、77歳男性)
やはり、日本人はきまじめなのだろうか。明治期開業の時計店に生まれた和歌山の女性(58)は、厳しくしつけられた幼少時を振り返り、こう書く。「遅刻は論外、与えられた時間をいかに有効に使うか。いろいろ教えてくれた祖父が持っていたネジ巻き時計を部屋に置いています」
一方、大元の問いに「ノー」と答えた人の中には毅然たる意見も目についた。
「テレビの番組じゃあるまいし」(東京、58歳男性)、「管理より何がおきても対応可能な臨機応変さのほうが大切」(東京、38歳)、「時間管理という発想自体が人間の驕り、不遜な行為」(石川、63歳男性)。
東京の女性(62)は、「いいじゃないですか、だらだらで」と書く。だらだらした生活を反省し計画をたてると、自分が悲しくなる。学童保育でアルバイトをしていますが、帰宅後の子どもたちの残り時間が心配。寝てほしい時間まで3時間くらいしかない子もいる。管理しなければいけないのでしょうか」
「長野県の男性(92)は、「退職後、時間管理など考えたこともない。気ままに暮らしている」と言い切る。大阪の女性(48)は、仕事相手のインド人に「時間管理の時の字もない」といらだちつつ、「うらやましい」と記す。
「時間管理」という言葉に反発を覚える人たちが、だらしない生活をただ肯定しているわけではないのは確かだ。
ほんとうの時間は時計で計れない。そう示唆したエンデの名作「モモ」の、時間どろぼう、を思い起こしたというのは福岡の男性(68)。「時間に振り回され支配される哀れな姿。自分のために人間らしく生きたい」