寄せられる通報「氷山の一角」
東京臨海部の住宅や工場が混在する一角。3月中旬、雨の中をコート姿の中年男性が、一軒の町工場を訪ねた。黒いビジネスバックを携えるが、商談ではない。「4月の消費増税で取引先から価格転嫁を拒否されるかもしれない」。不安を抱える経営者の「叫びを」聞き、違法要求を是正るのが2人の仕事。中小企業庁の転嫁対策調査官「転嫁Gメン」だ。民間企業のOBを中心に全国で約600人。「業界特有の巧妙な不正を見抜くことを期待」(同庁)されている。
この日訪れた町工場は、医療機器向けプラスチック部品の成形加工を手がけ、従業員は3人。3%の増税分を価格に上乗せしたいが、ここ10年、原油価格の上昇などで材料費が上がる中でも、納入先の要求は常に「値下げ」だった。2人の転嫁Gメンを前に、60代後半の社長は「逆に値下げを求められたら、やっていけません」。これまで給与カットでコストを吸収してきたのは、負担をかぶってでも仕事を続けなければ、他社に仕事を奪われてしまうからだ。増税分を上乗せすれば、本体価格の値下げ要求が来るのは目に見えている。昨年からの円安に伴う輸入材料費の高騰で「コスト削減は限界」と話す。
「不当な要求があればすぐに連絡を」。2人の転嫁Gメンはそう告げて、町工場を後にした。だが、経営者の多くは「通報がばれて取引停止になったらどうする」と連絡に二の足を踏むという。2月末までに1777件を調査し、853件について取引の是正を指導したが、寄せられる通報は「氷山の一角」だ。出版社が印刷業者に対し、増税前の取引価格を維持するよう要求したり、大規模小売業者が運送業者に代金の据え置きを要求したりするなど悪質なケースもあり、今後さらに増える可能性がある。
転嫁Gメンの一人、山本裕主任(61)は「今、円滑な転嫁ができなければ、10%への引き上げ時に課題を残す」と話す。中小企業に増税負担が偏れば、バランスの取れた経済全体の底上げを妨げかねない。大手企業を中心に相次いだ賃上げの流れが中小企業に広がらず、景気回復が腰折れする懸念もでてくる。政府にとっても「失敗」は許されない。
ただ、中小企業からは「是正勧告を受けた取引先の経営が悪化し、取引が減れば、元も子もない」との声も寄せられる。先々の経営を考えれば身動きが取れない_。不安を抱えたまま増税を迎えた中小零細企業も少なくない。
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